心・体・頭による「ニュートラル」センサーのメリット★ヴィパッサナー瞑想を続ける理由

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心のブログを書こうとすると、ものすごく長くなって、何を言いたいのか自分でも分からなくなる関口さなえです、皆さまごきげんよう!

そんな、心の絡みをほぐす作業に付き合って下さって、ありがとうございます。

さて、去年ヴィパッサナー瞑想の10日間合宿に参加してから、細々続けている瞑想ですが、なぜ続けられているかと言えば、これ、

心・体・頭による「ニュートラル」センサーの大きなメリット

を感じているからです。

「ニュートラル」とは

車のギアが、1速にも2速にもどこにも入っていない、アクセルを踏んでも車体には何も伝わらない状態が、ニュートラル。

「いつも心はニュートラル」

中村天風先生の「心ひとつ置きどころ」という言葉と共に、とある師匠に教えて頂いてから、もう10年以上経ったけど、その状態を実感として理解したのは、瞑想合宿に行ってから。

外界で何が起ころうとも:(アクセルを踏んでも)
乱されない・抗わない:(車体には何も伝わらない)

無意識に反応しない心の状態。
(喜怒哀楽を否定しているのではない)

瞑想で「ニュートラル」を体感し続ける

瞑想が上手にできなくても、それに反応せず(ま、しますけど)、ただひたすら瞑想を続ける、それが瞑想での「ニュートラル」。

最初はニュートラルがどんな状態か分からないけれど、「分からない苛立ち」「上手に瞑想できないこと」「そのことに心を乱されること」それ自体が先生となって、ニュートラルに近づく訓練をさせてくれる。

そして、瞑想が上手にできるようになりたい気持ちも、分からない・できない自分へのいら立ちも、手放す。

あらゆる出来事(雨だ・試験に落ちた・寝坊した・振られた・財布を失くした・病気になった)自体は無色透明なのに、そこに幸不幸の色付けをして、自ら感情の嵐に囚われてしまう自分も手放せるようになる。(はずw)

そんな、色付けをしない、ニュートラルな状態を、ひたすら体感し続ける。

日常でふと「ニュートラルではない」自分に気づくようになる

瞑想中に「ニュートラル状態」を感じていると、日常生活で「ニュートラルではない」自分に気づくセンサーが育ちます。

今、焦ってるな。

今、緊張してるな。

今、落ち込んでるな。

今、何か不安だな。

心にギアが入ちゃって、無意識に何か反応しているなーって。

それは体に伝わり、そして頭に「なんかニュートラルじゃないけど」って伝えてくる。

焦ったり、緊張したり、考え過ぎて、それらの起こす感情に飲み込まれてしまう、過食嘔吐のスイッチが入る前に気づかせてくれる、そんな警告システムが出来てくる。

「ニュートラルではない」と気づいたら

一瞬だけでも、呼吸を整えて、身体の表面を感じる(ヴィパッサナー瞑想を身体に思い出す)ことで、カッとなったり焦ったりして頭に上がった意識を、身体全体に戻して、ギアをニュートラルに戻していくことができる。

その指揮をするのは頭ですが、心と体が察知するからこそ、頭が心と体を信頼しているからこそ、頭はそれに気づき、行動に移すことができる。

そうやって、心・体・頭が、スムーズに連携するようなシステムを作れるのが、瞑想だと。

私はずーっと、頭が体を信用せずに支配していたけれど、どうやら1年かけて和解したようなので(笑)

ヴィパッサナー瞑想ができない★「微細な感覚」を感じられない私が1年後に解決した方法

日頃から「ニュートラル」に戻しておくクセを付ける

朝急いで準備して、遅れて来た電車に乗り、人込みをかきわけて移動し、エレベーターで待たされ・・・毎日の生活では、小さなストレスが「ニュートラル」であることを難しくしています。

そこで日頃から、お手洗いまで歩く時、エレベーターに乗っている時と、歯磨きをするとき、頭を洗う時には、瞑想状態、ニュートラルな状態になるように心がけています。

日常で繰り返し「ニュートラル」の状態に戻すことで、大きな爆発を未然に防ぎ、そしてさらにセンサーを磨くことができます。

そして、頭ばかりが先行して、心と体がないがしろにならないように、常に身体を感じるクセを付けています。

過食嘔吐が止まっている原因はいろいろあるけれど、「瞑想」のおかげで「過食スイッチ」が入る前に「気づけるようになった」から、というのが大きいと感じています。

あれ、頭で気づくころにはもう、スイッチ入って過食に飲み込まれちゃっているから。

ま、いつまで瞑想習慣が続くか分からないし、昨晩「歌のゴールデンヒット ~歴代歌姫のアルバム総売り上げランキングベスト100~」最後まで観ちゃって、夜の瞑想サボりましたけどね。

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