感謝!感謝!感謝!

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心の学びの過程で、いくつも衝撃的な発見があった関口さなえです、皆さまごきげんよう!

その一つについて書いてみます、それは「感謝」について。

感謝しなければならない?

心について学び始めた頃に、何度か「周囲に感謝してます私!」っていうことをドヤッてたら、

「感謝しなければならない」って、思ってない?

ってなことを言われて、

なんだとー!人として感謝して当然じゃないか!感謝してる私はいい人間だ!それを否定するのかっ!

と(笑)、内心反発したことがありました。

しかし、心の学びを進め、自分と向き合い、じっくり胸に手を当てて考える中で、それは図星だったと気づきました。

感謝の下に、ぺしゃんこになった自分がいたんです。

感謝しましょう!

小さい頃から、私たちは「感謝しましょう」と育てられてきました。

そして、ポジティブ系の自己啓発書なんかに「感謝しましょう」って良く書いてありますよね。

親に感謝、パートナーに感謝、友達に感謝、上司に感謝、置かれた環境に感謝、ここにあることに感謝・・・何にでも感謝することが大切。それで幸せになれるよ、と。

私も大いにそうだと思って、実行して来ました。

自分自身、ネガティブな気持ちを相手に抱いて気分悪くなるより、感謝できることに目を向けて、その感謝を表現していった方が、自分も相手も気持ちよいし、その方が面倒なことが避けられるし、Win-Win(死語か?)で、大人な関係だ、とか思って生きて来ました。

むしろ、感謝できない人は、自分の現状に対する不満を、人のせいにしているダメな人だ、くらいに思っていました。
#これは後述しますが「投影」です

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感謝することで得られていたこと~他人軸の自己防衛~

でも、そう、さっきさらっと書いていたけど、私、感謝することで「面倒なことを避けて」いたんですよ。

不満があっても、悲しくても、恨みがあっても、後悔していても、ムカついていても、さみしくても、まるっと感情を飲み込んで「感謝という美しいフタ」をしてきた。

なぜなら、そんなネガティブな自分の本心と向き合って、相手の本心とぶつかり、場の雰囲気を乱し、相手を悲しませ、それで自分が嫌われ、その場に居られなくなることが怖かったから。

そんなことをしてまで、自分の気持ちを表現する意味が全く分からなかった。
#小さい頃のいろいろな体験に深く根差していて、これはけっこう強固です。

そんなことより、感情を抑えて、感謝して、相手が笑顔になって、いい人だと思われて、その場がまるく収まって、安全で、「自分はここにいていいんだ」という実感を持てる方が断然良かった

ま、存在否定が根深くあってねぇ。

そして、勝手な「他人軸」での我慢を繰り返して、「自分の感情」を置いてけぼりにしているから、身体がSOS出してたわけですよ、なんか生きづらくて泣けてくるとか、過食嘔吐とか、動けなくなるとか。

他人軸:自分の存在意義を他人の評価にゆだねていること、かな。

そして、「自分の感情を優先して感謝しない(ように見える)人達」が受け入れられなかった・・・なぜなら、自分が自分に禁止していることを、堂々とやっているのが羨ましかったから!

本当は、自分の感情に向き合う勇気がないだけなのに。

そういうのを心理学では「投影」と言うらしいです。

自分の許せない人、嫌いな人にこそ学びがあるのは、自分が抑圧しているもの、ダメだと思い込んでいるものがその人の中にあるから、なんですね。

その「感謝」は自分軸か他人軸か?

もちろん、感謝するなと言ってるのでは、全く全然ありません!

自分の内面から湧き出る感謝は、しっかり言動に移せばいい。

実際、生まれて来たこと、沢山の人に支えられて生きていること、それ自体、感謝以外の何物でもない。

ただ、一旦、自分が口にしていた「感謝」が、どういうところから出て来ているのか、一つ一つ考えてみることは、生きづらさを感じている方、生きてることに不安が付きまとう方には、何かのきっかけになるかもしれないと思います。

・他人軸での「感謝」なのか

・自分軸での「感謝」なのか

一つ一つ仕訳してみたら、「感謝」という言葉で、抑え込んでいた自分のネガティブな気持ちに気づくかもしれません。

感謝の下でぺしゃんこになっていた自分の一部に息を吹き込むと

ネガティブな気持ちを、持ってはいけないと信じ込んで、ネガティブな気持ちを感じることすら嫌悪していなかったか。

「いい人」であることを、自分に(他人にも)強要していなかったか。

怒ったり、嫌だと言ったり、不義理をしたり、面倒くさくなったりする自分を、排除していたこと認め、その存在を認める。

そういう要素が自分にある、あっていいと、自分の中に統合する。

そして、そのままの自分でここにいていいと、他人の承認を必要とせず、自分自身で実感できた時に、自然に沸き起こる感謝が必ずあると思います。

「感謝」に限らず、こういった一つ一つの「思い込み」に丁寧に向き合ったのがこの一年間であり、その過程を書いているのが本ブログです、はい。

例えば、「生まれて来てはいけなかった」の存在否定が薄れると、生まれて来なかった兄は「罪悪感の象徴」から自然と「見守ってくれる存在」つまり、「見守ってくれてありがとう!」という感謝の対象に変わる。

ヒプノセラピー(催眠療法)初体験記2★私が生まれてごめんなさい~生まれて来なかった兄との対話~

そういうプロセスの一つ一つを、こうして書いて行くことで、改めて自分に統合しようとしています。

特に「親への感謝」を頻繁に口にする方へ、ちょっと刺激的なナリ君のこちらをどうぞ。

私がそうだとも、そうでないとも言いませんが。

親に感謝とかしてる人は、マジで親のこと嫌いよな笑。
ナリ心理学:親に感謝しよう!!

あ、あと、「ありがとう」を何十回も、何百回、何千回も呟く系の話については、また今度!

ま、やりましたから、必死で~!

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