「エンプティチェア」体験記1:3人の自分と対話して出て来たものとは@ゲシュタルト療法・東京

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心理学仲間のおすすめで、「ゲシュタルト療法」の「エンプティチェア」を体験して、ものすごい気づきや発見をし、自分が再構築され、よしっ、顔出しするぜっ!ってなったです関口さなえです、皆さまごきげんよう!

ゲシュタルト療法「エンプティチェア」とは

今回、こちらにお世話になりました。
ゲシュタルト療法・東京

小田急線豪徳寺から徒歩8分、超高級住宅街の中にある、贅沢な空間です。

なんか、駅名が高級ですよね「豪徳寺」、昔、漫画あったよね・・・そう、Let’s 豪徳寺!

あ、で、ゲシュタルト療法とかハンプティダンプティとかって何よ?

ゲシュタルト療法・東京:ゲシュタルト療法とは

さらに、「エンプティチェア」というのは、何度か体験している人がサクっと言うと、

空の椅子を並べ、自分の中の相反する「天使と悪魔」や、ムカつくパートナー、イラっとする親、などを架空に「椅子に座らせ」たことにして対話し、さらに「自分もそこに座ってその人になって」対話する

的なことをするんですが↓

一人の人間がサイコドラマを演ずることで、自分が葛藤している他者、分離している自己は、すべて自分自身がつくりだしているものであることに気づき、それらを統合するに至るのである。
百武 正嗣 エンプティチェア・テクニック入門―空椅子の技法

ってことで、今回私、統合に至っちゃったのよ!って話です。

言葉ではなく、体感として感情を感じて行くので、左脳、自我、意識の領域をスルーできる分、いつもは抑圧されている「何か」があぶり出される感じ。

その「何か」とは・・・そして「統合」とは?

ということで、私が頂いた素晴らしい体験をお話しさせてください。

エンプティチェア体験レポ

かなりすごく端折ってますし、正確に覚えていないこと、予め申し上げておきます。
#自分の体験したことをレポに書きますとお伝え済です

・カーペットの床に、椅子の代わりにクッションを置くスタイル
・数名の参加者が見守る中でのセッション

まず「わたし」のクッションを置きます

黄緑のクッションを選んで、そこに座ります。

まずはファシリテーターさんとお話しスタート。

さなえ:自分の気持ちを抑えて、いい人、ちゃんとした人を演じて、その陰に自分を隠してしまう。

という話になって来たところで(もっといろいろ話してますが)

ファシ:ちゃんとできる、人を気遣う、いい子のさなえちゃん、っぽいクッションを探してきてください。

「いい子」のクッションを置く

「わたし」に対してどこに置くのがしっくりくるのか、を感じながら、自分で置き場所を決めます。

いい子の陰に隠れる感じ・・・でも、完全に隠れるわけでもない「わたし」。

クッションが置かれる度に「その人」に対してどんな気持ちがするか、位置関係に何を感じるか、「心の反応」「体の反応」を言って行きます。

ただのクッションなんですけど、あたかもそこに「自分の中のちゃんとしている人」がいるような、不思議な感じになるんですよ。

でも、こういったセッションを初めて受けた時は、正直違和感あり過ぎて、受け入れられなかったです・・・。

で、いい子のさなえちゃんを盾のように置きつつ、わたし、はまだ何か不安なようです。

さなえ:自分の気持ちより、他人がいいと思うか、正解か不正解かを気にしてしまう。

もう、超他人軸で生きて来ましたのよ、小さい頃から、ねぇ。

さなえ:何をするにも、誰かが見張ってるような気がするんです。

「監視員」のクッションを置く

「正しい・正しくない」言動を、自分の中で誰かが「監視している」気がする、と言い始めます。

ファシ:その「監視役の人」をおきましょうか。

こんな逆三角形になり、自分はその二人の後ろで体育座りして小さくなってるんです、隠れるように・・。

わたしの絵、がアレですけど、えぇ、これが、私のこれまでの生き方です。

「監視員」のクッションに座ってみる?

私は特に、赤いクッション「自分の言動が正しいか監視している人」にかなりのプレッシャーを感じていることが、対話の中で分かって来ます。

ファシ:監視員さんのところに座ってみる?

通常、その相手の椅子に「座る」ことで対話するんですが、なんとなく、その上に「立つ」方がしっくりくる気がして、クッションの上に立ってみたんです。
(気がする!っていう感じが、わりと重要です、心の声だから)

そして、黄緑のクッションの上で小さくなっている自分(の存在を感じて)を見下ろして、

監視員(になりきる私):私はこの子が悪いことをしないように、間違ったことをしないように監視していて大変だ

みたいなセリフが自然と出てくるんです。

さらに、ちょっと声色も強くなってたと思います。

どんどん「わたし」が小さくなっていくような感じがします。

櫻田の心の中では、こんなイメージ。

「監視員」を遠ざけてみるも・・・?

そんな監視員に、至近距離で上から見張られて、合ってるの間違ってるの言われる人生なんて、息苦しいですよね。

わたしの席に戻ると、こんな提案が。

ファシ:監視員さん、遠ざけてみる?

この時、すごく不安になったんです、心がザワザワ落ち着かない。

さなえ:・・・いや、近くにいて欲しいです・・・

と、監視員を自分で引っ張り戻してしまう!

お前は牢獄の中で生きたいのかーーーっ!

と思うんだけれど、その監視員がいなくなることが、私にとっては恐怖なんです。

それが、今の私の在り方。

で、なぜ?

さなえ:これがないと、自分が間違えたことをしまうかもしれないから、怖い。

ファシ:間違えるとどうなっちゃうの?

さなえ:ここにいられなくなる・・・嫌われたり、受け入れてもらえなくなったり、批判されたりするから・・・ちゃんと正しいか間違っているか、監視してくれないと困るから、いて欲しい。

こんな至近距離で、上から監視されてるって、普通に考えると息苦しいはずで、まあ、息苦しいと本人が感じているからこそ、ここに来てるわけで・・・。

でも、うずくまって、頑なに「監視員」の必要性を説く「わたし」。

さなえ:監視してくれないと困る、不安だ、そこにいて・・・

的なことを、「監視員」である赤いクッションをぎゅっと握ったり、触ったり、撫でながら言い続けます。

ファシリテーターさん、ずっと辛抱強く付き合ってくれます。

で、そんなことを言い続けているうちに、心が悲鳴を上げ始めました。

強い違和感が胸の中に沸き起こってきて、それは言葉のない涙になって、ぽたぽたと、頬を伝って流れ落ちて行きます。

ファシ:涙はさなえちゃんになんて言ってるの?

この瞬間ですね、エンプティチェアの醍醐味というか、いつも抑圧して来た感情が、するっと出て来る瞬間!!

ということで、やたら長くなってきたので次回に続く!

次回:「エンプティチェア」体験記2:自分を受け入れて再構築する@ゲシュタルト療法・東京

#私が受けたのは、ゲシュタルト療法・東京の、グループで行う「気づきのワークショップ」です

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