ダラダラ→自己嫌悪→過食からの「自分を信じて、手放す。」

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自分の「心」とか「気持ち」って、子供みたいだなぁ~と感じた、関口さなえです、皆さまごきげんよう!

この2年間、その子供達に寄り添って、守って来たけれど、そろそろ自立の時かなと。

これまでの経緯

「心」とか「気持ち」を無視して、ムチ打って生きて来た生き方を変えて、

「心」とか「気持ち」を中心に据えて生きようとしている、

その、自分改造の最中におります。

「自我:エゴ」中心の生き方から「自己:セルフ」中心の生き方へ~システム作り始めます~

ずっと抑圧されて来た「自分の中の子供」は、無視され続けて、構ってほしくて、過食嘔吐するようになった。

だからまずはしばらく「何でも全部聞く・受け入れる・守る」スタンスをとって来ました。

頑張ることを止めて一カ月お休み
カウンセリングを受けまくって耳を傾る
執拗にムチ打っちゃう理由を聞いて癒す
執拗にムチ打つ「自分」から守る

気持ち良い二度寝からの「自分の再構築」~自分を責める自分も自分~ 

「守る」ではなく「見守る」ことにしてみた

ダラダラして自己嫌悪な朝

先週くらい、朝なかなか動き出せず、ダラダラして自己嫌悪→過食という、いつものパターンにハマりました。

気持ち良い二度寝からの「自分の再構築」~自分を責める自分も自分~ 
(これの二度寝じゃなくて、ダラダラしちゃったバージョン)

責める自分:
前回の記事↑で「夜が明ける」とか、ポエマーなこと書いてたけど、また朝からワイドショー見て、今さらNiziUの動画見まくったり(感動)、ダラダラして、果ては過食とかして、サイテーじゃん、全然夜、明けてないじゃん、丑三つ時だよ、ダメじゃん!

責められる自分:
ほんとそうだよね、情けないよね、もう最低だよね、NiziUはあんな頑張ってるのに私は・・・わーん(泣)ダメ人間だーもうダメだー終わりだーもぐもぐ

→自己嫌悪(責める自分)から逃れるために、また過食してさらに責めを受けるという、普通の人からしたら、全く理解できないループにサクっと突入。

そのまま「嘔吐」に突入しそうな不安を久々に感じるほど、荒ぶってしまいました。

「嘔吐」を考えただけで、アドレナリンとか、なんか変な高揚感が出て来るんですよねぇ・・・・麻薬です

「守る自分」が、ふと・・・

ふと、思ったというか、感じたんですが、

些細な原因で騒ぐ兄弟げんか的な、全く同じパターンの大騒ぎに、毎回付き合う必要あるんだろうか?

弟がまた悪さしたーーーーっ!

ひどいーお兄ちゃんがぶったー!ママ怒って!

みたいな二人のアピール合戦に介入するの、正直もう面倒くさい・・・いや、もう少し、二人を信用してあげたらどうだろう。

信頼があるから

だってもう、「責める自分」にも「責められる自分」にもその後ろにある問題にも、この2年間、時間も、気持ちも、さらにはお金もかけて、すっごい向き合った。

「この人は話を聞いてくれる。」と、兄弟も信頼してくれていると思う(笑)

だから、そろそろ、私も二人を信頼してもいいんじゃないか。

仲裁に入らなくても、二人でどうにかなるんじゃないか。

ということで、見守ってみました。

自分責めしても、落ち込んでも、騒がない、相手をしない。
(これ、本当にその時に、声に出して言いました。)

ただ、そこにいて見守る、を、やってみたら・・・

心の景色が一変した

ただ、その日を数時間遅れで、そこから普通に、一日を始めることができました。

今ここに意識を向けて、過ぎたことに後悔したりせず、自分を責めることもなく。

たったこれだけのことができるようになるまで、どれほどの時間を心を、犠牲にして来たのだろう!

私にとっては、赤飯炊きたいくらいの出来事でした。

自分を信じて、手放す

「自分を信じることで、手放すことができた。」ということだったのだと、振り返って今、思います。(ビリーフを手放す・・・参考記事

人生の折り返し地点とも言える40代で、この構造に気づいて、手放すことができて、本当に良かった。

この2年間、私も、二人とも、本当によく頑張った。

やっぱり、夜は明けそう・・・いやもう、明けてるのかもしれない。

これ、夕日の写真じゃないといいんだけど(笑)

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