頑張らなくても自分の価値がなくなることはない

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最近、人生で一番、ゆるく生きている関口さなえです、皆さまごきげんよう!

ゆるんでます。

焦らない、

自分を追い込まない、

固執しない、

戦わない、

白黒つけない、

頑張らない。

いや、違うなぁ、そんな悟ってないわ(笑)

焦るけど(そのことに)気づく、

たまに追い込むけど、放り出して寝られる、

固執しても続かないし、

戦うのは面倒になって来たし、

白黒つけてもつけなくてもいいし、

明日頑張ればいいか。

くらいになった気がします。

とにかく心の負荷が減ったのよ。

なんかね、コロナの自粛期間中、生きてるだけで、生きてていいんだな~と感じられたんですよ。

目標を掲げなくても、

チャレンジしなくても、

成果を出さなくても、

すごいことしなくても、

誰かの役に立たなくても、

誰かに認められなくても、いい。

それで自分の価値がなくなることはないんだって、日々なんとなく感じることができた。
(のは、無条件の愛を注いでくれる安定した夫の存在が大きい・・・ありがとうバッハ君)


#パグはあんまり関係ないけど、かわいい

いやーまた大げさですけど、今までずーっとそんなふうに自分を追い詰めて生きて来てまして。

それが当たり前だと思って生きていたから気づかなかったけど、心が悲鳴を上げ始めて、身体もおかしくなって、これはヤバイな、おかしいなと。

そこから恩師、あやさんに出会い心の学びを始め先輩のさえさん(←話聴いてもらいたい人は彼女のところへ!)や、沢山の同志に恵まれ、踊ったり、瞑想合宿10日間参加したり、催眠療法受けたり、サイコセラピー受けたり、放送大学で心理学勉強したり、出雲大社に魂を置き忘れたりして、今まで知らなかった心の奥の深い洞窟までたどり着いたというか、墜落(笑)

で、しばらく暗い洞窟をさまよっていたけど、そこから今、心の地図を片手に、ようやく這い出して来た感じがします。

心理学とか、机上の学びから得た、教科書の中の地図ではなくて、

どうしようもなくなって飛び込んだ心の闇の中で、体感として得た心の地図を持って。

じゃ、毎日がすっごい変わったのかというと、そうでもない。

相変わらずブログ書いてるし、放送大学の試験勉強もするし、ソーイングもするし、絵も描こうとしてるし、チェロが弾ける家に引っ越したいとか、あれもこれも、と、以前と何も変わらない日々を過ごしている。

でも、それを全部やらないとダメになる!という恐怖感に煽られてはいないから、焦ることはままあるけれど、心はまあまあ落ち着いている。

モチベーションの源泉が、恐怖や不安から、自分自身に戻ってきたような。

そうしたら、自分を追い詰めなくなって、自然とゆるめることができた。

下りのエスカレーターを必死で駆け上がって(止まると地獄行き設定)いたのが、

こういう、道とも言えないような山道をとことこ歩いている感じがする。止まっても大丈夫(笑)

「とにかく頑張る」っていう分かりやすい道しるべがなくなった分、不安もあるけれど、地図もあるしね。

45歳で人生再出発っていうのも、悪くないな~と思うし、実はむしろ、よくある話のようだ。

ユングが「人生の正午」と表現する、中年の危機を乗り越えたのかもしれない。

天中殺も終わったし、やっぱり一山越えた感がある。

さぁ、ここからどんな道を歩いて行こうかな。

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